はじめに感じた違和感は、船内放送だった。
ふつう船では「こうはん」と呼ぶ゛甲板"を
「かんぱん」と呼んでいたとか、言い回しが妙に
丁寧に聞こえたとか、そんな些細なこと。
でも、違和を感じる源は連鎖している。
途中寄港した島は、周囲が断崖。これで住む人がいるのか、
って思うほどで、五島列島はききしにまさる・・・期待も膨らむ。
違和感を抱えたまま、6月上旬、長崎から五島列島・福江島へ。
梅雨のさなか。ゲートボール場の屋根つき休憩所で
横殴りの雨をやり過ごす。動くこともままならない雨風。
パンフレットで民宿を探す。英文で書かれた小さな広告。
GOTO,my favorite island! 宿の名は「JAPON(さぼん)」。
電話をかけると日本語のうまくないおばさんが出た。
住所は、島でも中心地ではない、田舎の集落だ。
この島が気に入って住み着いたのだろうか。大柄で太っちょの、
白人のおばさんを想像する。雨脚が弱まる気配はない。
待つのをあきらめて、7キロほどの道を先に急ぐ。
ずぶぬれでたどり着くと、迎えてくれたのはベトナム人の奥さんだった。
日本から水産指導にきていただんなさんと結ばれ、
サイゴン陥落でだんなさんの故郷、福江島へ。25年になる。
何とか会話はできるが、通じたり通じなかったり。
過疎の田舎でのこと、話し相手が少なく、うまくならなかったという。
息子はベトナムで、娘は日本で生まれた。言葉に不自由はない。
だんなさんは、奥さんの料理をすごく誉める。気遣いもあるのか。
こういう人と一緒だから、異国の地でやってこれたのかもしれない。
そう、25年前だった。
小学校のクラスに、ベトナムからの帰国子女がやってきた。
日本人のだんなに、ベトナム人の奥さん。同じ状況だ。
違っていたのは、ベトナム語しか話せない子どもが
13歳から7歳まで、5人いたことだ。1学年繰下げての編入。
子どもは日本語にも慣れたが、お母さんはずっと片言だった。
長男は、戦車に乗ったことがあるといっていた。
宿では、この話もした。息子はベトナムに行ってみたいというが、
娘は行かないという。いやな思いをしたことでもあったのか。
自分は関係ないという意識もあるのかもしれない。
ベトナムで買ったんだといって朱色の柄のナップサックを見せると、
奥さんにヘンないろーといわれた。
舗装された山道を登りつめ、大瀬崎断崖に至る。
激しく切り立ったリヤス式海岸の多い五島でも、
ハイライトの絶景だ。灯台のある断崖を見下ろすと、足はすくむ。
高さは160メートルくらいあるらしい。
かつては遊郭があったくらい、港の水揚げが多くて栄えた町、
玉之浦近辺でのこと。
・夕どき小さな子どもを連れて、恰幅のいい母親がやって来た。
野菜の入ったビニルを堤防に置いて、つり竿の糸を海に放つ。
「ちょっとそこまで」晩飯のおかずの調達だろうか。
・この辺りには、移動スーパーがやってくる。以前は、
美空ひばりは、新鮮な野菜を売る車、
三波春夫は、新鮮な魚を売る車、・・・と、何台ものワゴン車が、
トレードマークの音楽を流しながらやってきたそうだ。
過疎が進み、今はそんな車も減った。
・入江の入り組んだ町内を、船に乗って渡った。
小さな船に乗り込んで出港を待っていると、桟橋に
男の子、女の子、そしてばあちゃんがやってきた。
旅客船に乗るのかなと思ったら、反対側につないであった、
エンジンを積んだだけの船に乗りこんだ。
小さな3つの影を乗せた船はとっとっとっと滑り出した。
この船で、入江を挟んだ町内を行き来しているのか、まさか
夕方の「散歩」だろうか?かっこよかったなあ。
・開け放した窓から、猫が大型ワゴンの車内に飛び込んだ。
すぐに「エリーゼ」徳用箱をくわえて出てくる。窓からあたりを見回して、
目が合ったら、びくっとしていた。追っかけたら、慌てて逃げ出した。
これぞ、泥棒猫だ。
玉之浦町・大宝集落の民宿、栄福荘で。
(玉・宝・栄・福って、いかにもめでたい。)
近くを歩くと、大宝寺って、古い寺があった。
裏山を少し登ると、奥の院にへその神様というのがある。
不須仙人という人の墓だと言われていて、
古くからここにへその緒を納めているが底が知れない、とある。
何百年もの間の、無数のへその緒が入ってることを想像して
ぞっとしたけど、そこが墓だって考えると・・・、
へその緒は食い物にでもされているのか。。(広がる妄想)
大宝まで乗った路線バスの運転手は、後日貸切バスで後ろから
追い抜きざまバスを停めて、「こないだ乗ってくれたひとオ~」と
手を振っていった。
やがて前からやってきて、今度はスピードを緩めなかったけど、
何人か乗ってたお客さんまでみんなが手を振ってすれ違っていった。
観光の途中で、歩き旅をしてる人で・・・などと言ってたのかも。
昼どき、白砂の海岸で。
どこからか3匹の犬が連れ立って現れて、潮溜まりに浸かっている。
浜で昼飯を作って食べたから、カラスも様子をうかがっている。
砂浜にほとんど白骨になった猫がいた。砂をかけて棒を立てる。
南無さん。十字。・・・
夜。ラジオから元気に流れてくるのは、
ハングル文字と中国語ばかりなり。日本語もきける。
海岸にもハングル文字があふれる。
その夜、テントが猫に襲われる夢を見た。
ラジオをつけたり灯りをつけたり、じたばたして抵抗していた。
からすが、とんびにラーメンをさらわれてやんの!
なんていってる場合じゃない。
ああ、俺のサッポロ一番みそラーメンが・・・
トイレに行く間くらいだいじょうぶだろうと
油断したのがまずかった。からすがくわえて持ち去り、
足音鳴らして向かったら、からすはそれをポトンと落とし、
それを今度はとんびが。ことわざは、正しい。
あっけにとられ、次に名残惜しそうにこぼれたラーメンくずを
食らうからすの姿を見たから、まあいいか。
岩場では、みな(びな=巻貝)をとってゆで、料理をしながら
つまんだ。小ぶりなサザエくらいの大きさのもいた。
小あじがあってうまいが、食い飽きた。ちょっと贅沢。
福江島の違和感の原因は、「隔絶」かもしれない。
島で遭う人に向けられる目が。警戒、緊張、いぶかしげ。
頭を下げても、ぷいと横を向かれることもあるし(子どもも、そうだ)、
たまに話をしても、人馴れしてないと言うのか。
長崎からは遠くはなれ、島の周りは切り立った断崖で隔て、
島内も山から山へという感じで集落から集落へが切り離され。
島の人と話すときの「間」の違和感は最後まであった。
こっちが話したことを相手がどう吸収しているのかつかみきれず、
リズムが合わなかった。
五島は、長崎の中でもキリシタンが弾圧の手を逃れてきた
ところらしい。かくれキリシタンの資料がある堂崎天主堂の
パンフレットには、「潜伏の時代からぬけ出ることができず、
今日に至っている信徒たちがいる」と書いてある。
たぶん、信仰形態のことを言っているんだろうけど、
今でも、かくれキリシタンはいる。
このこと自体が衝撃的だけど、もしや・・・と思っていたこと。
警戒心が強い、人馴れしていない、のは
弾圧された心性が受け継がれてるせいもあるのでは・・・。
ハズレとも、いいきれないんじゃないかな。
今も使われている木造の教会では日本で一番古い、
江袋教会に行って来た。築100年以上というが、
いい具合に修復がされて、趣のあるいい教会だった。
教会では、気が向いたら置いてある聖書を読んだ。
ここでも「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」などと読んでいると、
突然雨が激しく降り始め、雷まで鳴り始めた。
楳図かずおの「わたしは真悟」に出てくるマリア像は、
めがまんまるでちょっと斜めを向いて独特だけど、
五島の教会には、それとよく似た絵がいっぱいあった。
教会の外の岩場に据えられた「ルルドのマリア」にも惹かれた。
多くの教会には、懺悔室もあった。
キリスト生誕2000年でもある今年に
教会巡礼ってのもめでたいかな。
もっとも、年始には四国仏閣巡礼もしたけど・・
五島列島は、福江島、中通島とその周辺の小さな島、
嵯峨島、島山島、久賀島、頭ヶ島を巡った。
違和感と人馴れしないやりとりのじれったさはあったけど、
つんけんとした嫌味があるところじゃ、なかった。
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馴染みのない九州、長崎県・五島列島を歩く。